2021/08/06

【広島県】呉駅周辺の廃線跡(後編) 〜 呉市電、呉線旧線(両城トンネル)

呉駅周辺の廃線跡(前編)では、呉海軍工廠専用線と貨物ヤード、東洋バブコック専用線などを紹介しました。今回はその続きです。

まずは呉駅周辺の地図&配線推定図を再掲します。 

赤は旧呉海軍工廠専用線、橙は呉駅の南側に広がっていた貨物ヤードと旧東洋バブコック専用線、及び中央桟橋への引き込み線、緑は呉線の旧線(青は現行線)、紫は呉市電の配線推定図です。呉海軍工廠専用線は、この図で示した先も続いていて、工廠の中も縦横無尽に走っていた訳ですが、さすがにそこは省略しました。

3.呉市電
実は県内では広島市電よりも先に呉に路面電車が開業していました。まずは年表から。
内  容
1909(明治42)年
1031呉電気鉄道、鉄道踏切〜本通九丁目間開業
1226呉停車場前〜呉駅前間開業
1910(明治43)年427川原石〜鉄道踏切間開業
1911(明治44)年
326本通九丁目〜鹿田間開業
1025呉電気鉄道が広島水力電気に吸収され広島呉電力に改称
1921(大正10)年812広島呉電力が広島電灯と新設合併、広島電気に改称
1926(昭和元)年51広島電気が可部軌道を合併
1927(昭和2)年
411芸南電気軌道が本通九丁目〜呉越間開業
1117呉越〜明神間開業
1228明神〜先小倉間開業
1929(昭和4)年51芸南電気軌道が広島電気の軌道を譲り受け運行開始
1930(昭和5)年
31本通九丁目〜鹿田間廃止
1230先小倉〜一門前間開業
1935(昭和10)年1221一門前〜長浜間開業
1942(昭和17)年121芸南電気軌道が事業を呉市交通局に譲渡し解散
1943(昭和18)年
610川原石〜西通三丁目間休止
1230呉停車場前〜呉駅前間休止
1954(昭和29)年710川原石〜西通三丁目間再開、西通三丁目廃止、呉陸橋開業
1960(昭和35)年1116呉停車場前〜呉駅前間廃止
1967(昭和42)年1218全線廃止

とはいうものの、そこは都会の路面電車。残念ながら遺構と呼べるものは何もなさそうです。訪れたのは阿賀の車庫・変電所跡。遺構はないものの、当時の変電所をモチーフにしたと思われるモニュメントと案内板が設置されています。


1974年5月19日撮影の米軍による空中写真。画面中央に車庫が写っています。

唯一の遺構は、呉ポートピアパークに静態保存されている当時の車両。残念ながら時間がなくなり撮りに行けませんでしたが、Wikipediaの呉市電のページにはその写真が掲載されています。

4.呉線旧線(両城トンネル、大和の目隠し塀)
最後は呉線の旧線です。
呉線を西へ二河川を越えて進むとまもなくトンネルに入ります。でもその左横を見ると・・・

もう一つ別のトンネルが。ポータルはレンガ積みですね。

出口側も同じ。左右変わって今度は左側が現役線、右奥に見えるのが旧線のトンネルです。

同じく旧トンネルのポータルにはレンガが使われています。

今回は時間の関係でここだけの訪問となりましたが、実はこの先にもこうした旧トンネルがいくつも存在します。1941年に複線化工事が始まり、従来の単線トンネルの横に新しくトンネルが掘られたのですが、戦争の資材不足で1945年に工事は中止。新しいトンネル群は未使用のまま放置されてしまいました。それから実に23年後の1968年、呉線では電化工事が着工。しかし旧トンネルは狭くて架線が引けないため、より大きな規格で掘削されていた新トンネルが流用されることに。そして1970年、全線の電化完成とともに新トンネルへの付け替えが行われました。

ちなみに前回ご紹介した呉駅の近くのこの橋桁は、おそらくこの複線化工事の名残りでしょう。

最後に、下士官兵集会所の壁面に貼られていたマップにも書かれていた、「大和の目隠し塀」を探しに行きました。

コレです。

映画でもそんなシーンがありました。

もうコンクリートの土台部分しか残っていないそうですが・・・あった!

場所は国道31号が魚見山隧道に入っていく手前で呉線と交差するところの少し東側です。


こちらは1947年3月31日撮影の空中写真。既に塀はないようですが、線路に沿って無数の土台が並んでいるのが見て取れます。

2020年8月5日〜6日訪問

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