【神奈川県】旧国鉄相模線寒川支線

2018年12月16日(日)、また次男のテストの付き添いで町田に来たので、今度はちょっとJR相模線で移動して、旧国鉄相模線寒川支線をたどることにしました。寒川支線は、もともとは寒川駅の西を流れる相模川にあった採礫場から砂利を運ぶための貨物線でした。その後旅客営業が始まり1984年まで続いた路線です。

(1)1944年~1954年頃の地図
右側中段の寒川駅から左に貨物線がカーブして、目久尻川と相模川の合流地点まで続いています(四之宮駅)。また、日東タイヤ(株)(現日東化工(株)さん)の工場への引込線らしきものも。相模川には「採礫場」の文字が見えます。

(2)1965年~1968年頃の地図
だいぶ路線は縮小され、日東タイヤ工場への引込線もなくなっています。

(3)1975年~1978年頃の地図
西寒川駅が少し北に移動しているように見えます。

(4)1983年~1987年頃の地図
1984年3月31日、とうとう寒川支線が廃止されてしまいました。

(5)1998年~2005年頃の地図
廃線跡が整備され、地図にも歩道が追記されました。

(1)~(5)の地図をアニメーションにしてみました。四之宮・西寒川間が廃止され、西寒川駅が少し北に移動したあと、寒川支線自体がなくなり、最後に歩道として整備される過程が分かります。

コースはこんな感じ。青は現在のJR相模線、赤が旧寒川支線の廃線跡です。

スタートは寒川駅。町田からは海老名で乗り換えです。相模線に乗ったのは初めてだと思いますが、南武線や横浜線のようなイメージを持っていたので、相模線が単線・三両編成のローカル線の雰囲気を持った路線だったのは意外でした。


しばらく西にたどっていくと、旧寒川支線は県道46号線を渡ったところで相模線と別れます。写真はその先の同47号線と合流するところから寒川駅方面を振り返ったところです。奥に架線の見える相模線と別れた寒川支線は、ゆっくりとこちらへカーブして向かってきています。低い塀の右側は道路。左側がおそらく廃線跡です。

県道47号線を渡った先はゲート広場という小さな公園。廃線跡はその先に歩道となって続いています。

さらに歩くと何か見えてきた・・・!


一之宮公園に到着です。

公園の端に古い線路を残した、なかなか珍しい趣向の廃線跡です。

それにしても・・・猫ちゃんの多いこと多いこと。

つい時間をロスしてしまいました(笑)。さらに公園を南下するとふたたび線路はなくなり、遊歩道に戻ります。

さすがに線路はこんなにくにゃくにゃではなかったと思いますが・・・。

さらに進むと再び線路が見えてきました。

ここは八角広場。旧西寒川駅跡に到着です。


名前の由来は分かりませんが、八角広場には八角形の噴水があります。写真は寒川方面を振り返ったところ。

ここから先、旧四之宮駅方面はもう線路はありません。

先ほどの地図(2)では、八角広場(下の写真の右側中段)よりさらに進んだこのあたりに駅があったように見えます。なんとなくそれらしい広場です。

昔の採礫場の上を走るのは圏央道(さがみ縦貫道)。河岸も整備され、もはやかつて砂利を採取していた場所にはとても見えませんね・・・。

2 件のコメント:

  1. 素晴らしいです。相模海軍の文字もまた趣が。昭和史好きなので。

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    1. コメントありがとうございます!そう、この石碑の文字は趣がありますよね。

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