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【愛知県】2019年夏休み廃線ツアー① 名古屋鉄道清洲線


今年は8月3日(土)から8月12日(月)まで夏休み。一足先に帰省した長男を追いかけ4日(日)に宝塚の実家へ。途中、名古屋で名鉄清洲線の廃線跡をたどりました。

清洲線は名古屋本線と津島線の分岐点である須ヶ口を起点に丸ノ内で名古屋本線と分かれ清洲へ向かうおよそ1キロの路線です。

清洲線はまず須ヶ口・清洲間で開業しました。下の1920(大正9)年の地図では、下に丸之内駅(のちの丸ノ内駅)、真ん中に農場試験場前駅(のちの試験場前駅)、上に清洲駅(のちの清洲町駅)が見えてます。名岐線(のちの名古屋本線)はまだありません。

1928(昭和3)年に名岐線が丸ノ内まで延伸。この時点で丸ノ内・須ヶ口間は名岐線に編入され、清洲線は清洲・丸ノ内間に縮小されました。

1932(昭和7)年の地図には名岐線が追加されています。

戦時中の1944(昭和19)年、清洲線は不要不急線として休止。正式に廃止されるのは1948(昭和23)年ですが、1947(昭和22)年の地図では既に削除されています。

今回の探索は丸ノ内駅からスタートしました。

駅から北側を見ると、名古屋本線(左)と清洲線跡(右の道路)の分岐が良く分かります。

特急っぽいのが来たので反射的にパチリ。名鉄と言えば子供の時に特急大百科で見た、運転席が2階にある展望車のイメージがありますが・・・今は違うのかな?

戦時中のいわゆる「不要不急線」扱いで休止させられた路線なのでレールは撤去されたはずですが、都電錦町線の例もあるので、どうしてもアスファルトの2本の割れ目が気になってしまいます。


カーブの先で県道127号線(助七西田中線)と合流。ここが農場試験場前駅(のちに試験場前駅に改称)の跡になります。

昔の地図を見ると、駅の東、現在の日吉神社や花園公園の辺りには農事試験場・園芸試験場の文字が見えますから、そこから名付けられたのでしょう。

さらに進むと終点・清洲町駅跡です。正確な場所は分かりませんが、たぶんこの辺り。

あっという間に探索終了。短い距離でしたがあまりの暑さでほぼクルマ移動でした(笑)。


1914(大正3)年9月22日 名古屋電気鉄道が須ヶ口・清洲間で開業。
1921(大正10)年7月1日 名古屋鉄道へ路線を譲渡。
1928(昭和3)年4月10日 名岐線の延伸により丸ノ内・須ヶ口間は同線に編入。
1930(昭和5)年9月5日 名古屋鉄道から名岐鉄道に改称。
1934(昭和9)年2月24日 清洲を清洲町に改称。
1935(昭和10)年8月1日 名岐鉄道が愛知電気鉄道と合併し名古屋鉄道に改称。
1942(昭和17)年 農場試験場前を試験場前に改称。
1944(昭和19)年6月10日 不要不急線とされ休止・撤去
1948(昭和23)年8月3日 正式に廃止