母方の実家は京都の東大路沿いにあり、子供の頃は市電(東山線)が走っていました。
先日、母から昔の写真が出てきたとLINEが。早速帰省してきました。
撮影日は1978年9月30日。そう、さよなら運転・・・京都市電最後の日です。写真は今は亡き祖父が撮ってくれたもの。こちらを向いているしゅっとした美少年が私です(笑)
子供の頃は家の前の東大路の歩道にビーチベッドを出してもらい、そこに弟と二人で寝転んで、このダイヤモンドクロスをわたる電車を眺めていました。夜は架線の交差部分で散る火花が綺麗だったのをよく覚えています。
当初は遮断機のないいわゆる第4種踏切で、叡電の車両が来るたびに担当者がホイッスルを吹きながら出てきて東大路通りの通行を制止していました。現在は遮断機と信号機が設置されています。
またWikipediaによれば、1949年12月から1955年9月までの間、ここに渡り線があり、市電南側(写真右側)から叡電東側(写真奥)へ1000型車両が宝ヶ池まで乗り入れていたそうです。残念ながらその痕跡はなさそうですね・・・。
この日を最後に廃止された東山線の6系統は、翌日から市バスの206系統に引き継がれました。
それから13年6ヶ月・・・1年の浪人生活を経て大学に受かった私は、1992年4月からこの祖母宅で学生生活をスタートすることになります。
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